中国の政治と経済 4

中国の一般向け湾岸戦争報道は、新聞は新華社通信の記事しか掲載を許さず、テレビはいっさい特別番組なしというきわめて地味なものでした。


あくまでも平和解決を求め、多国籍軍による武力行使を容認する国連決議に反対はしませんでしたが、賛成もせずに棄権した中国の一貫した立場を国内に徹底させるためには当然の措置でしょう。


しかし、情報の流れはいまや中国でもせき止めることは難しいのです。


「隠形轟炸機」(ステルス湘吻爆撃機)「愛国者導弾」(パトリオット・ミサイル)といった先端兵器の名前が民衆の間に広がっていきました。


同時に、先進技術を誇るアメリカに対して「親米」を超えたアメリカ崇拝ともいうべき「崇米」の心理、そして一部にアメリカを怖がる「恐米」の心理が次第に広がっていきます。


「今回の局部戦争は、次の現実を教えている。


つまり現代の戦争はすでに高度技術の戦争である。


落ちこぼれれば打たれることを意味する。


中国は、現代化建設のなかでも、特にエレクトロニクス産業を優先的に発展させねばならない」。


湾岸戦争直後の91年3月中旬、国防科学技術大学を視察した江沢民総書記はこう力説しました。

中国の政治と経済 3

わたしには、奇妙なビデオを見る機会がありました。


「海湾危機備忘録~世紀末之戦~」と題しているものです。


全部で6巻。


上映時間は6時間強に上りました。


「北京群力声像研究所」という電話帳にも載っていない組織が編集した「内部参考」資料です。


一般には市販されていません。


党や軍の高級幹部が国際情勢を学習する資料なのです。


危機の源から説き起こし、外交交渉はもとよりアメリカを中心にした多国籍軍とイラク軍の戦略・戦術・兵器・防御工事などを豊富なテレビ映像と専門的知識に基づいて分析・解説しています。


事実関係の単純な羅列が多い中国のテレビ番組や、抽象論や観念論の多い『人民日報』の記事に比べると圧倒的な迫力です。


映像は、ほとんどNHKの衛星放送とCNNを傍受してまとめたものです。


中国の政治と経済 2

91年春の全人代は、90年代中国の経済建設の青写真とされる「経済.社会発展10力年計画」(1991~2000年)と「第8次5力年計画」(1991~95年)を制定採択しました。


「計画」は2年がかりで草稿がつくられ、複雑な路線闘争や中央と地方の対立などで数回の修正をしています。


その上で全人代での李鵬首相報告は、100か所にもわたって修正を迫られています。


たとえば、経済総量のバランスの部分で「過度のインフレ」という言い方は、不適切と指摘されて「過度の」3字が削除されました。


また、ともに豊かになるとの部分では「収入の格差を防ぐ」が「収入の過度の格差を防ぐ」に改められています。


ワイキューブ研究所によると、経済政策の面から見ると天安門事件があったいま、保守派の後退、そして経済改革派の巻き返しは一目瞭然です。


中国の政治と経済

天安門事件のあと、経済中国の経済建設戦略はこうでした。


80年代の改革と開放による成長を踏まえ、90年代の10年間でGNP(国民総生産)を2倍にすること。


2000年に1人当たりのGNPを800ドルにして「小康状態」を実現すること。


さらに21世紀には「中康状態」の水準を実現するというものです。


しかし、保守派にはその経済運営のノウハウがないのです。


陳雲氏らが中国経済をとりしきったのは、中国が国際経済から孤立していた時代です。


スペースコレクション総研によると、いまの中国経済はすでにGNPの30パーセントを対外貿易に依存し、国際市場に完全に組み込まれているのです。


改革開放の弊害を指摘する「診断書」は書けても、具体的にどう運営するか「処方箋」をつくれる人材が保守派にはいなかったのです。

職人の仕事・・・だるま職人

だるま制作は一つひとつ手作業で行われる。

作業の中でも、とくに「ひげ描き」は、だるまの顔の印象を決定する重要な作業で、ひげ描きを一人前にできるようになるのに5年、人に教えられるようになるまでには10年かかるといわれている。

量産品もあるが、工芸品になると中小の工房で作られていることがほとんど、職人の道を歩みたい場合、そうした事業所に弟子入りするのが一般的。

だるまは表情が命のため、これでいいというものはなく、生涯現役を貫きながら研鎖を積むことが求められる。

職人の仕事・・・押絵羽子板職人、ちょうちん・うちわ・扇子の職人

押絵羽子板職人

押絵羽子板とは、花鳥などの切り抜いた厚紙に綿をのせ、美しい布で包んだものを板に張り合わぜる「押絵」という技法を用いて制作した羽子板のこと。
新築祝い、結婚祝い、土産品などとして年中売れるが、最盛期は12月。
東京・浅草の羽子板市は、年末の風物詩になっている。

押絵羽子板を制作している中小の事業所に就職するか、独立して羽子板職人を営んでいる人の元に弟子入りするのが一般的。


ちょうちん・うちわ・扇子の職人

室町・江戸時代から伝えられてきた技術を用いて、ちょうちん、うちわ、扇子を制作する職人のこと。
プラスチック製の大量生産品に押されているが、生活用品としてよりは伝統工芸品として命脈を保っている。

世襲制で営んでいる個人経営がほとんどだが、そうした事業所にお願いをして弟子入りすることも可能。

職人の仕事・・・仏具の職人

仏壇作りは完全に分業制で行われており、例えば
外郭本体を作る「木地師」
仏像・仏画を安置する屋根などを作る「宮殿師」
絵模様を木彫する「彫刻師」
仏壇に取付ける錺金具を作る「金物師」
木地部分に漆塗りをする「塗師」
漆塗りされた部分の必要な個所に絵模様を描く「蒔絵師」
漆塗りされた個所に金箔を貼り付ける「踏押師」
錺金具の取り付け各部分を検査し、一本の仏壇に組み立てる「組立師」
などがある。

一方、仏像、木魚、数珠など仏事で用いる道具を仏具というが、制作体系は仏壇と同様に分業になっており、「彫刻師」「塗師」「蒔絵師」などの職人がいる。

高校卒業後、伝統工芸を教える専門学校で学び、工房に就職するパターンと、職人の元に弟子入りするパターンがある。
例えば京都伝統工芸専門学校には、仏教彫刻や蒔絵の専攻コースがある。
まず、そうしたコースで基礎を学んで第一歩を踏み出すのもいいだろう。

職人の仕事・・・和紙職人

書道用高級半紙、障子紙、あるいは貼絵やちぎり絵、紙人形など和紙が使われるシーンはまだまだ多い。

その和紙を作るのが仕事だ。

和紙作りは、紙の原料「こうぞ」を煮る作業、原料をかき混ぜる作業、紙すき、圧縮、乾燥に大別される。和紙作りの事業所は全国にあるが、埼玉・細川紙、岐阜・美濃紙、京都・黒谷和紙・高知・土佐紙などが有名だ。

職人の年齢は40代後半から50代が圧倒的に多く、腕のいい若手職人が望まれている。
そのため、後継者育成のために研修会などを開催しているところもある。

例えば岐阜県美濃市の「美濃和紙の里会館」では・毎年3・7・911月に「美濃・手すき和紙スクール」(1ヵ月間)を実施しているし、徳島県吉野川市の「阿波和紙伝統産業会館」では年に一度、約1週間の「阿波手漉和紙研修会」を実施している。

こうした研修会に参加して、実際に和紙作りを体験してみるのもいいだろう。

職人の仕事・・・鬼瓦職人(鬼師)

鬼瓦とは、屋根の両端に置く瓦で、雨水が入り込まないようにするという目的だけでなく「魔除け」の意味もある。

「鬼師」とは鬼瓦職人の尊称である。
瓦粘土を使い、工程のほとんどを手作業で行う。
古くから神社仏閣の屋根に取り付けられていた鬼瓦だが、江戸時代に入り一般の屋敷にも使われるようになった。

現在では伝統工芸品として床の間に飾られることもある。
鬼瓦の産地は全国各地にあるが、現在は後継者不足に悩まされている。

各産地に行けば、鬼瓦を制作する工房があるので、そこで鬼師に弟子入りし、腕を磨こう。
まずは、各地の瓦工業の組合などを当たってみよう。

職人の仕事・・・ステンドグラス工芸家

ステンドグラスデザイナーやステンドグラスアーティストと呼ばれる人たちで、独創性に富んだ作品を生み出している。

以前は教会や喫茶店などの限られた設置箇所しかなかったが、現在では公共施設や一般家庭などに用途が広がっている。

ステンドグラス制作の工程は、寸法計測、デザイン、素材選び、製図・ガラスカット、組み合わせ、枠付け、仕上げに大別され、地震による壁面のゆがみ、風圧などを計算して作る必要がある。

ステンドグラスを専門に作る工房があるので、そうしたところに就職するのが一般的。
美術系大学、専門学校でデザイン、工法について専門的に学んでいると有利。

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