中国の政治と経済 7
「天安門事件の銃弾により毛沢東の晩年と同じ過ちを犯し、自ら始めた事業(改革開放)をその手で葬った」と反体制派から批判された郵小平氏。
その鄙小平氏が天安門事件後の2年間の沈黙を破って実務テクノクラートを動かし、再び指導力を発揮しはじめたようです。
世界格局研究討論会。
北京から北へ260キロの河北省の避暑地、承徳。
避暑にはまだ早すぎる1991年4月下旬、40人余りの中国の国際戦略学者が集まってシンポジウムが開かれました。
国務院系の総合開発研究院が主催した「世界格局研究討論会」でした。
銭其珠外相も出席しています。
「世界格局」とは、国際関係ないし世界秩序といった意味です。
4日間のシンポジウムでは、東西冷戦の終結、とりわけ湾岸戦争後の情勢を踏まえて、90年代の国際関係をどう分析するかに議論が集中しました。