国連の考え方 4

実際の活動という点では、今日の国連専門機関につながる、多くの問題ごとの国際機構が設立され・・・


情報の加盟国への提供、加盟国の行動を規律する活動、経済社会分野の問題に対する直接的取り組み等において目ざましい記録を残しました。


そして、国際公務員制度の確立については・・・


第一次大戦以前から国際公務員の先駆的存在が生まれるに至っていました。


しかし、真の意味での国際公務員制度が確立したのは、連盟になってからのことです。


規約は、事務局については第6条の規定をおいただけで、むしろ実際の必要に応じて随時発展させていくという考え方をとっていたとされます。


その中でとくに配慮されたのは、これら公務員の連盟への忠誠を確保し、出身国への感情を切り離すということでした。


その結果、1932年以後は、事務局員全員が「連盟の利益のみを考慮し、自国政府その他の当局から指示を求めまたは受け取らないで」自己の行動を規律する旨、誓約することとなりました。


国連の考え方 3

国際社会が特定の国家に対して制裁行動をとる決意を示した最初のケースであり、その歴史的な意義は大きいものがあります。


このとき、イタリアに対してとることが決まった制裁措置の内容は、武器輸出禁止、借款提供禁止、イタリアからの輸入の禁止、イタリアに対する輸出の規制(ただし、石油、石炭、鋼鉄等は除外)の4つでした。


もっとも、連盟の大国で、制裁措置を実効あるものとするためには率先して行動すべき立場にあったイギリスとフランスが曖昧な態度をとり続けたこともあって、せっかくの歴史的な意義を持つ連盟の制裁行動は、結果的には無惨な失敗に終ってしまいました。


そして、経済社会分野での国際協力について。


国際機構の歴史的発展という観点から振り返るとき、連盟の活動は、当初予定された政治分野ではなく、経済社会分野での国際協力でむしろ評価されることになりました。


規約の中からこの分野に関して定めた規定を探すと、第23条しかありません。


当然のことながら、この規定に盛り込まれた内容も、国際連合の関連規定とは比べものにならないほど簡単極まるものでしかありませんでした。

国連の考え方 2

もう一つの挫折例として考えておきたいのは、1934年12月に発生したイタリア・エチオピア事件です。


イタリアのエチオピア侵略に対し、エチオピアは、中国がそうしたように、規約第11条に基づいて理事会の開催を求めました。


ところが、イギリスとフランスは、イタリアとの関係を配慮して動きが鈍く、有効な措置がとれませんでした。


連盟の軟弱な対応もあって、イタリアはますます公然とした侵略に走りました。


ただし、この挫折例に関しては、のちの国連が武力による制裁をとる前に非軍事的な措置をとる仕組みを組み込む点で貴重な先例となったことを踏まえておきましょう。


つまり、イタリアによるエチオピア侵入から1年近くあとになって連盟理事会は、「イタリア政府は、規約第12条(紛争の平和的解決)に基づく制約を無視して戦争に訴えた」とする委員会報告を承認(1935年10月)し・・・


理事会議長は、第16条(制裁)に基づく義務はすべての加盟国に課せられていると述べ、イタリアに対する経済制裁措置を発動する用意があることを示しました。


そして総会は、その議長の立場を支持しました。


国連の考え方

日本軍国主義による国際法違反・国際秩序破壊という行動に対する反省が、一方では被害者ともいうべき国際社会としてやむを得ず武力で秩序を最終的に守る道を考えることにつながりました。


そして、他方では加害者であった日本はその反省に立って国際紛争を武力に訴えて解決する道を自ら封じることにつながっていったということです。


そういう国連の考え方と日本憲法の考え方は、根本において一致するもの・・・


いわば同じ根っこから出ていることを正確に踏まえておくことが必要です。


国連が武力をともなう行動をとる際に、日本がそれに参加しないのは、自らの過去に対する反省に立つからであって、決して逃げ回るということではないのです。


もっといえば、過去に対する反省を尽くしていない日本が国連協力という名目で国際的な武力行使に参加しようとすることに対して、近隣諸国は不安を感じざるを得ない事情があるからこそ・・・


私たちは自らを厳しく律する必要が他の国以上に求められざるを得ないということです。

危機は集団を強くする 3

組革研で私は、


「他のチームに勝ちたければ、自分たちの研究成果やアイデアをどんどん教えてしまえ」


・・・と、冗談半分でよく口にしています。


助けは、その願いに反して、相手に人間力を発揮させないという結果をもたらします。


お金を与えることも、えさを与えることも、答や知識を与えることも、すべて同じです。


「うまくいっている、いないは、実態ではなく、認識である」


・・・と言われています。


したがってリーダーは、問題が起きたら幸いとばかりに捉えて、その問題を大きくすることです。


うまくいっていないということが、みんなに認識しやすくなるからです。

危機は集団を強くする 2

それによって、さらにいっそうその発想とすべを我がものにしていま、1987年秋からはじまった新・円高時代と言われる対ドル120円台を迎えているわけです。


1988年2月末のNHKテレビは、日本企業の生き残り戦略を紹介し、円高が、技術開発を加速し、体力をつける方向に働いている様子を紹介していました。


その中である大企業のトップが、


「5パーセントのコストダウンなら改善で凌げる余地は残るが、30パーセントとか50パーセントともなれば、発想を元から変えなくてはならない」


・・・と言っていたのが印象的でした。


状況が発想転換を強制しているのです。


このままいくと、円高がますます日本経済の競争力を強めて、円高が円高を誘発するという悪循環さえ懸念されるほどです。


この反対の助けは、集団を弱体化していくほうに作用します。


数年前の米国の農業政策の転換は、それまでの保護から市場原理の導入へのものでした。


70パーセントが学卒だという農業経営者に革新を促すための保護政策という助けが、革新どころか、逆にそれを妨げて、農業力を弱体化してしまったという認識のもとに行われたのでした。

危機は集団を強くする

うまくいかないから、うまくいくのです。


・・・このことは、ことを拡大して考えるとすぐわかります。


いわゆる危機的状況がそれです。


助けは集団を弱くしますが、危機は集団を強くし、革新を促すのです。


この例にはこと欠かないでしょう。


石油ショックによって危機に立った日本経済が、こんなに強くなるとは、当時誰に予測できたでしょうか。


1973年の第一次に際しての米国のテレビニュースは、煙突が林立する日本の工場群を写し出して、


「これによって日本経済は・・・」


と、あたかも日本の終焉かと思わせるような言葉を流していたそうです。


そしていま、円高です。


相次ぐ石油ショックを乗りきったことによって、日本の経済は、危機によって体質を強める発想とすべをものにしてしまったのでしょうか。


1985年にはじまった円高ショックも、その時どきでは極限とも思われる企業人の努力によって、瞬時に吸収し、乗りきってしまいました。

問題を怖れないこと 2

あっと気がついたときには、すでにかなりの重症になっていたりするものです。


・・・ということは、うまくいっている、いっていないは、認識の問題であって、実態ではないということです。


そう考えると、うまくいっているときへの対応の手がかりもわかります。


その簡単な手立ては、部下の、とくに仕事の先端の部下の実態を、自分の目でじかに見て回ることです。


必ずといっていいほど、乱れや、うまくいっていないと見える事がら、あるいは意外な事実に出会えるに違いないでしょう。


もっと本格的には、状況を自分に都合よく見ないことですが、それは言うべくしてむずかしいですね。


そこで第ニに、同じ状況をうまくないと感じるような新しい物指しを用意すること・・・


つまり、より挑戦的な目標や課題を掲げること、そして第3に、小さな問題を見つけて大きくしてみることです。


要は、少しうまくいっていない状態、あるいはままならない問題を抱えている状態がいちぼん都合がよく、やりやすいということです。


組革研で私は、ブロックあるいはチームでトラブルが起きると、そこに関してはまず一安心ということになります。


毎回のことですが、そのようなブロックやチームは、必ずといっていいほど、後のち素晴らしくなっています。

問題を怖れないこと

「人を道具として」の下では、考えた通りにいっていないことを恐れ、それに過敏に反応して、起こった問題そのものに対応していきます。


「人を人として」の下では、それを変化した状況として受け入れ、その状況に対応していくのです。


革新の発想は多くの場合、うまくいかないときに起きています。


うまくいっていないからこそ、それを何とかせねばとなって、人間力がより発揮されざるをえなくなるからです。


・・・ということは、うまくいっている時のほうが怖いということです。


やがてうまくいかなくなることを約束しているようなものだからです。


もっと怖いのは、うまくいっていないのに、うまくいっていると思い込んでいることです。


問題があるのに、それを見ることができず、問題を捉えられないでいる状態です。


これは案外に多いのではないでしょうか。

活用の許される限度は

ここでは花 種など自然の利用がどの程度可能であるか、どれほど一時的には経済効率があがっても、長い目でみてここは残すべきである、現状利用のままで自然凍結すべきである・・・


などという具合に、潜在自然植生図その他の科学的な調査結果をふまえて、総合的に判断が可能なはずです。


既存の限られた資料を用いて机上で利用サイドからのみ即断することは、もっとも間違いをひきおこしやすいのです。


現場に行き、自分の身体を通して十分に踏査して、自然と人間の共存関係を前提にして、自然の活用とその程度・限度を具体的に将来にむかって適切に判断する力を、すべての計画者・実施者が養うことが強く期待されます。


自然の利用で心すべきは、相手がものをいわない、すぐには反応を示さないということです。


そのため、対象物件の特性・要求に応じた判断というより、その時の勢いや経済的な利害、あるいは政治力・住民の声などによって一方的に判断される場合が多いのです。


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